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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)1003号 判決 1980年6月26日

控訴人

飯田良雄

右訴訟代理人

大平恵吾

隈元孝道

被控訴人

渡辺靖子

右訴訟代理人

小澤富雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し金三三八〇万六〇九八円及びこれに対する昭和五一年八月二七日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言を求め、被控訴人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張及び証拠関係は、主張として、控訴人において、「控訴人と被控訴人との間には妾関係はなく、単なる男女関係と金銭の貸借関係とが併存しているにすぎない。その型態、愛情等を吟味するならば、たとい前者に何がしかの公序良俗違反らしさがあつたとしても、後者の返還約定を無効ならしめる程の公序良俗違反があつたとはいえない。」と述べ、証拠として、控訴人において、甲第二五号証の一、二を提出し、当審における控訴人及び被控訴人各本人尋問の結果を授用し、被控訴人において、証人大野梅子の証言及び当審における被控訴人本人尋問の結果を授用し、甲第二五号証の一、二の成立を認めると述べたほかは、原判決の事実摘示と同一(ただし、原判決添附の貸金一覧表の番号4の(1)の貸金額欄中「437万円の残」とあるのは「473万円の残」の誤記と認めて訂正する。)であるから、これをここに引用する。

理由

一<証拠>及び弁論の全趣旨を綜合すれば、控訴人主張の請求原因1の事実を認めることができ、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は未だ採るを得ず、他にこれを覆すべき証拠はない。

二しかしながら、前掲各書証、<証拠>を綜合すれば、控訴人は、妻との間に三人の男子を有するものであるが、昭和四五年一〇月頃大宮市のクラブでホステスをしていた被告と客として知り合つてからは、しばしばそのクラブに通つてよしみを重ねていたこと、翌四六年四月控訴人が県会議員に当選した頃被控訴人との間に肉体関係ができ、面倒をみたいと被控訴人に持ちかけたこと、嘗て神楽坂で芸者見習いをし、旦那を持たされたことのある被控訴人は、当時控訴人をにくからず思つていたこともあつて、この申出を承知したこと、それから間のない同年六月頃控訴人は、金四七三万円を出捐(原判決添附貸金一覧表番号1及び4の(1)掲記)して、被控訴人のために北浦和にマンションを購入してやり、そこに被控訴人を住まわせたこと、以後控訴人は、昭和五〇年一一月頃まで月に平均三回位継続的な情交関係を持つに至つたこと、情交の場所は、当初は右マンションであつたが、附近に他党の議員が居て見つかるのを恐れたりしたため、後には主にホテルなどが利用されたこと、昭和四七年一一月頃被控訴人は、控訴人から神楽坂にマンションを借りてもらつて、以後一年間程ここから銀座のクラブに働きに出ていたこと、同四八年一一月頃には控訴人は、被控訴人のために金一〇〇〇万円を出捐(原判決添附貸金一覧表番号3掲記)して、浦和市西堀に土地付住宅を購入してやり、そこに被控訴人の母を住まわせたこと、更には、被控訴人所有の神楽坂の土地と家屋(店舗兼住宅)の第三者への賃貸、賃借人の賃料不払いによる明渡し、明渡し後の改装と小料理屋開店等に関して一貫して被控訴人の面倒をみてきたこと、本件各金員は、叙上不動産購入費、店舗改装費等のほか被控訴人の生活費にも充てられたもので、被控訴人としては、これらの金員の交付がなければ控訴人との肉体交渉に応ずるいわれはなかつたこと、被控訴人は、控訴人との右関係継続中二度妊娠したが、一度目については、昭和五〇年一月末に中絶したものの、控訴人は妻子のある身ながら分娩を望み、認知することを明言していたこと及び被控訴人の小唄の師匠大野梅子が、昭和四九年八月二八日に被控訴人に自己所有の土地、建物等を遺贈する旨の遺言公正証書を作成した際、証人として、右梅子を妾としていた五十嵐某と共に、被控訴人の旦那の立場で控訴人も名を列ねたこと、以上の事実が認められ、原審及び当審における控訴人本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信せず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、被控訴人は、法律上の妻又は事実上の妻でなくして妻帯の男性から経済上の援助を受けて、これと性的結合関係を継続する女性として、当時控訴人の妾ないし二号(以下単に「妾」という。)であつたと認めるのが相当であり(最高裁昭和三二年九月二七日判決、刑集一一巻九号二三八四頁参照)、この場合、たとい控訴人が一つ家に被控訴人と同棲若しくは寝泊りしていた事実がなく、交付した金員に定期、定額的性格が稀薄である反面、被控訴人が他に職を持つてこれからもその生活費を稼いでいたとしても、右の結論を左右するものではなく、また、被控訴人が控訴人から交付される金員によつて、その人格と性の自由を甚だしく拘束され、暗くみじめな境涯にあつたか否かを問うまでもないといわなければならない。そして、このような妾関係を作出し、これを維持、継続してゆく代償として交付された金員については、たとい当事者間に消費貸借契約又はこれが返還債務を目的とする準消費貸借契約が結ばれたとしても、これらの契約は、妾関係という公序良俗に反する身分関係を作出し、維持、継続するための妾契約と不可分一体のものとして、いずれも公序良俗に反し無効といわざるを得ないから、不法の原因に基づく給付として民法七〇八条本文によりその返還を請求することは許されないのである。而して、前認定の事実関係に照らせば、本件の消費貸借契約及び準消費貸借契約は、いずれも右の場合にあたることは明らかであるから、本件各貸金について控訴人はその返還を被控訴人に請求することはできないといわなければならない。

三よつて、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当であるから本件控訴を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。(林信一 高野耕一 石井健吾)

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